「Fableに仕事を奪われた」。Hacker Newsで話題になったCendyne氏のブログ記事は、刺激的なタイトルとは違い、冷静な結論に向かいます。筆者は勤め先の最後のエンジニアでした。しかしFableが筆者より仕事ができたわけではありません。筆者の報酬よりFableのほうが安かったから職を失った、と書いています。この記事が問うているのは「AIは本当に人間のエンジニアを置き換えられるのか」、そして「置き換えられないのに、なぜ人が職を失っているのか」です。本稿では元記事の主張と論点を整理し、読者のキャリアにどう関わるかを考えます。
議論の出発点
筆者は、LLMが「Fable / Mythos級」とうたわれる知能に届いていなければ、まだ職はあっただろうと振り返ります。ただし「しばらくの間は」という但し書き付きです。経営陣の残りのメンバーは、FableがあればM&Aまで現状維持で乗り切れると考えた、というのが筆者の見立てです。
筆者は以前、予算削減によるレイオフを管理職として実行する側にいました。今回は自分が対象になりました。通知を受けてから1週間以上、心拍数が100bpmを超えたまま下がらなかったといいます。周りでも同じことが起きています。筆者が参加しているDevOpsの集まりでは、この1か月で6〜7人が解雇されたか、解雇通知を受けました。ほかにも次のような例が挙げられています。
- FAANGの1社で解雇され、6か月分の退職金が支払われた人
- 筆者の面接を担当した採用マネージャー。CEOが「AIがソフトウェア開発を変えている」という記事を出した1週間後に解雇された
- チームごと職を失った人。AI支援で経験の浅い安価な人材でも仕事がこなせるようになり、上層部がオフショア回帰を決めた
そのうえで筆者は、言葉の使い方そのものを問題にします。
“AI took my job” is far more fun to say than “AI contributed to my role being eliminated.”
(「AIに仕事を奪われた」と言うほうが、「AIが自分のポジション廃止の一因になった」と言うよりずっと面白い)
論点の整理
元記事は「AIは無能だ」とも「AIが人間を超えた」とも言っていません。主な論点は次の3つです。
1. 熟練エンジニアの代わりにはならない
筆者は、フロンティアモデルは今も熟練エンジニアを置き換えられる水準ではないと書いています。足りないのはテイスト(何を作らないかを決める製品判断)と先を見通す力です。先を見通す力とは、運用コスト、複雑さ、アクセシビリティ、顧客にとっての手頃さが、数週間後から数年後にどう効いてくるかを読む力のことです。
2. 測定とチェックポイントがあれば仕事を任せられる
一方で筆者は、Shopifyがreact-nativeをやめてネイティブのiOS・Androidアプリに戻したことに同意しています。このアプリは経験豊富な開発者の監督のもと、すべて機械がコードを書いたものです。筆者によると、モデルは丁寧に作られたハーネスで一歩ずつ動かせば、人間がA/Bテストを重ねて作り上げた挙動を再現・移植できる水準になっています。条件は、その作業が測定でき、チェックポイントを置けることです。
3. 移植は得意だが、モデルによって差がある
例として挙げられているのが、Theo氏がネタとして行った「TypeScriptのRust移植」です。Theo氏によると、Opus 5.5はGo版にあったバグまでRust版でそっくり再現しました。一方、Fableの対抗馬であるAstraは、よく知られ文書も揃った題材なのに失敗したと書かれています。この比較は、元記事で紹介されたこの1件に限った話です。
What they have done is convince those with money to spend differently on their fellow humans.
(AIがやったのは、お金を持つ人たちに、人間への支出の仕方を変えさせたことだ)
読者にとっての示唆
元記事から読み取れることを3つにまとめます。
- 解雇の理由は能力ではなくコスト。筆者のケースでは、「AIのほうが優秀だから」ではなく「AIのほうが安く、現状維持には足りるから」という経営判断でした。自分の仕事がどちらに当てはまるかは、見ておく価値があります。
- 測定できてチェックポイントを置ける仕事ほど、機械に任されやすい。移植や、仕様が決まっているものの再現がその例です。
- 製品のテイストと長期的な影響の見通しは、まだ人間の仕事として残っている。ただし筆者自身、それでも職を失いました。この能力があれば安泰、という話ではありません。
記事の最後で筆者は、プログラミングの喜びは失われつつあり、成果を届ける喜びは残っている、と書いています。
まとめ
- 筆者が職を失ったのは、Fableが優秀だったからではなく、報酬より安かったから。
- モデルには製品のテイストと長期的な影響の見通しが欠けている。一方で、測定できる移植作業には十分使える。
- AIが変えたのは仕事そのものより、お金を持つ人が人間にお金をどう使うかのほう。
実装家視点で言うと、この記事でいちばん納得したのは「測定でき、チェックポイントを置ける作業なら、モデルを一歩ずつ動かせる」という部分です。自分も、完了条件を機械で判定できる形にして、作った本人とは別のチェッカーに合否を判定させる運用をしています。そうすると、AIに任せられる範囲がはっきり分かります。裏返すと、何を作らないか決める判断や、何年も先のコストを読む判断は、まだ自分で持っておくべき領域です。そこを手放さずに、測れる作業はどんどん任せる。筆者の結論にはおおむね賛成です。ただ、筆者自身がそれでも職を失った以上、「判断は人間の仕事だから安心」とは言えない、という点も一緒に受け止めておきたいと思います。


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